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福岡地方裁判所行橋支部 昭和44年(ワ)59号 判決

原告

唐崎幸江

ほか三名

被告

松本真一

ほか一名

主文

被告らは各自原告唐崎幸江、同唐崎昌子に対し各金一六六万九六九五円及び各内金一五七万九、六九五円に対する昭和四三年二月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被告らは各自原告唐崎槇江に対し金一三六万九、六九五円及び内金一二七万九、六九五円に対する昭和四三年二月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被告らは各自原告唐崎定治、同唐崎スギに対し各金一六万円及び各内金一五万円に対する昭和四三年二月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告らその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告らは各自原告唐崎幸江、同唐崎昌子に対し各金二八八万五五二円、原告唐崎槇江に対し金二三八万五五二円、原告唐崎定治、同唐崎スギに対し各金五三万五、〇〇〇円及び右各金員に対する昭和四三年二月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「(一) (事故の発生)

被告松本真一は昭和四三年二月一三日被告株式会社元木商店保有の大型貨物自動車(福一い一〇九一)を運転して国道二〇一号線を田川市方面から国道一〇号線方面に向けて進行中、同日午前五時三〇分頃行橋市大字草野五三四番地の三先交差点にさしかかつた際、同交差点内の横断歩道を左(西)から右(東)に横断中の訴外亡唐崎幸男に衝突させて路上に跳ね飛ばし、よつて即時同所において同人を脳底骨折により死亡させた。

(二) (被告らの責任)

(1)  被告会社は当時前記大型貨物自動車を保有し、これを自己のための運行の用に供していたものである。

(2)  被告松本は前記大型貨物自動車を運転して本件事故現場にさしかかつたが、およそ自動車の運転者は常に進路前方を注視し、安全を確認しながら運転すべきは勿論、歩行者を発見したときはその動静に注視し、適宜減速するはもとより、場合によつては急停車等の措置をとり、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、前方注視不十分のまま進行を続けたため、折から進路前方を横断中の亡幸男を近距離に接近して初めて発見し、同人に自車を衝突させたものであつて、被告松本には本件事故発生についての過失がある。

(三) (原告らの相続関係)

原告幸江、同昌子はいずれも亡幸男の子であり、原告定治及び同スギは亡幸男の父母である。

(四) (損害)

(1)  逸失利益

亡幸男は本件事故当時、訴外山川荒造のもとで船方として稼働し、月額金四万円の給料を受けていたが、そのうち生活費として一ケ月金一万二、〇〇〇円を支出していたからこれを差引くと月額金二万八、〇〇〇円が同人の得ていた純利益となるところ、同人は死亡当時満三五才の健康な男子であつたから、本件事故に遭わなければ以後なお二八年間は就労でき、この間引続き右収益をあげ得たと考えられる。そしてこれを死亡時を基準にして一時に請求するものとして、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除すれば、得べかりし逸失利益は金五七八万六、二五六円となる。

そして原告幸江、同昌子は亡幸男の子として、また同槇江はその妻として各金一九二万八、七五二円の右損害賠償請求権を相続した。

(2)  慰藉料

(イ)  亡幸男は原告槇江と昭和四〇年一月に結婚し、その間に原告幸江同昌子の二女をもうけ、親子四人の幸福な家庭生活を営んでいた矢先に、本件事故に遭い死亡するに至つたものであり、その精神的苦痛に対する慰藉料は金一〇〇万円をもつて相当とする。

(ロ)  また原告槇江らは頼るべき一家の柱を失い、とくに原告幸江、同昌子らは父親の愛情を知らぬまま成長しなければならないことになつた。その精神的苦痛に対する慰藉料は原告槇江につき金一〇〇万円、同幸江、同昌子につき各金一五〇万円をもつて相当とする。

(ハ)  亡幸男は原告定治、同スギの長男であつて、その性格は極めて素直であり、親孝行者であつたので、右原告らは将来長男である亡幸男に老後の面倒を看てもらうつもりであつたが、同人の死亡によりそれができなくなり、その精神的苦痛に対する慰藉料は右原告らにつき各金五〇万円をもつて相当とする。

(ニ)  右のうち亡幸男の慰藉料金一〇〇万円については、原告幸江、同槇江において各三分の一宛相続した。

(五) (損害の填補)

原告幸江、同槇江は自賠責保険により金二九二万四、六〇〇円の支払を受けたので、これを三等分した金九七万四、八六六円を右原告らの各損害に充当した。

(六) (弁護士費用)

被告らは任意の弁済に応じないので、原告らは本件訴訟代理人にその取立を委任し、同人に対する手数料及び成功報酬として合計金三五万円を支払わねばならない。うち原告幸江、同昌子、同槇江は各金九万三、三三三円、原告定治、同スギは各三万五、〇〇〇円を負担することになつている。

(七) (結論)

よつて被告らに対し原告幸江、同昌子は各金二八八万五五二円、原告槇江は金二三八万五五二円、原告定治、同スギは各金五三万五、〇〇〇円及び右各金員に対する本件事故の発生日である昭和四三年二月一三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。被告らの抗弁事実はいずれも否認する」と述べた。〔証拠関係略〕

被告ら訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求め、答弁として、

「請求原因中、第一項、第二項の(1)及び第三項の事実はいずれもこれを認めるが、同第二項の(2)の事実は否認し、その余の事実はいずれも知らない」と述べ、抗弁として

「(1) 本件事故は被告松本の過失によるものではなく、亡幸男の安全を確認しない軽卒な横断が原因であり、かつ被告会社は本件自動車の運行に関し注意を怠らなかつたし、また本件自動車には機能の障害も構造上の欠陥もなかつた。

(2)  仮に免責が認められないとしても、亡幸男には前記のような過失があるので、原告らの損害賠償の額の算定につき斟酌されるべきである」と述べた。〔証拠関係略〕

理由

(一)  請求原因第一項、第二項の(1)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

(二)  本件事故の発生につき、被告松本及び亡幸男に過失があつたか否かを判断する。

〔証拠略〕を総合すれば、本件交差点は国道二〇一号線(以下A道路という)と行橋市草野から同市博多町に通ずる道路(以下B道路という)とが交差する左右の見とおしのよくない交差点でかつ横断歩道の設置された場所である。被告松本は被告会社所有の大型貨物自動車を運転して国道二〇一号線を時速約六〇キロメートルで本件交差点にさしかかつたが同交差点の手前約四〇メートル位の地点で左方B道路(A道路から約四、五メートル入つた地点)から同交差点に侵入すべく走つていた亡幸男を発見しながら同人が横断歩道の手前で一時停止して自車を先に通過させてくれるものと軽信してそのままの速度で進行を続けたところ、同人が停止することなく横断歩道上に走り込むのを一〇数メートル前方に認めて急停車の措置を講じたが間に合わず、自車前部左側を同人に衝突させて路上に跳ね飛ばしたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定事実によれば、被告松本には左方道路から同交差点に侵入する人車との衝突を避けるため減速徐行しかつ前方左右を注視して同所付近にある人車の発見につとめ、交差点に侵入せんとする人車のあるときはその動静に注意すると共にその動静に応じ減速徐行ないし停車措置を講ずる等して事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があり、一方亡幸男には本件交差点を横断するに際し右方の安全の確認を十分尽さなかつた過失が認められる。

(三)  免責

本件事故の発生につき、被告松本に過失があつたことは前記のとおりであるから、被告ら主張の免責の坑弁はその他の点を判断するまでもなく失当である。

(四)  過失相殺

前記認定事実によると被告松本の前記過失と亡幸男の前記過失との割合は亡幸男が二、被告松本が八と認めるのが相当である。

(五)  損害

(1)  逸失利益

〔証拠略〕によれば亡幸男は本件事故当時満三五才の健康な男子であり、訴外山川荒造のもとで船方として勤務し、一ケ月金四万円の給料を得ていたことが認められる。右事実によれば亡幸男は本件事故に遭わなければ以後なお二八年間は就労でき、この間右月収四万円から生活費一万三、〇〇〇円を除外した残額二万七、〇〇〇円の純利益をあげえたものと考えられ、これによると亡幸男が死亡したことにより喪失した得べかりし利益は次のとおり金五五七万九、六〇四円と算定される。これを前記の割合に応じて過失相殺すると金四四六万四、六八〇円となる。

原告幸江、同昌子はいずれも亡幸男の子であり、原告定治及び同スギは亡幸男の父母であることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば同人には他に相続人のいないことが認められる。

よつて原告幸江、同昌子、同槇江が相続した右損害賠償請求権の額は各金一五五万四、五六一円である。

(2)  慰藉料

〔証拠略〕によれば、亡幸男は原告槇江と昭和四〇年一月二〇日結婚し、その間に原告幸江、同昌子の二女をもうけ、親子四人の幸福な家庭生活を営んでいた矢先に本件事故に遭い死亡するに至つたものであり、原告槇江は頼るべき一家の柱を失い、原告幸江、同昌子は父親の愛情を知らないまま成長しなければならないこと、又亡幸男は原告定治、同スギの長男であつて、その性格は素直でやさしく親孝行者であつたので、右原告らは奨来亡幸男に面倒を看てもらうつもりであつたことが認められる。右事実と亡幸男の年令、本件事故の態様、亡幸男の過失割合等諸般の事情を考慮すると、原告らの精神的苦痛を慰藉すべき金額としては、原告幸江、同昌子は各金一〇〇万円、原告槇江は金七〇万円、原告定治、同スギは各金一五万円が相当である。

なお原告らは亡幸男本人の慰藉料を主張するが慰藉料請求権は死亡によつて死者自身に発生すると解する余地なく、右主張は採用しない。

(六)  損害の填補

〔証拠略〕を総合すれば、原告幸江、同昌子、同槇江が自賠責保険金各九七万四、八六六円を受領したことが認められるから、それを前記(五)の(1)(2)の合計額からこれらを控除する。

(七)  弁護士費用

以上により被告ら各自に対し原告幸江、同昌子は各金一五七万九、六九五円、原告槇江は金一二七万九、六九五円、原告定治、同スギは各金一五万円を請求し得るものであるところ、原告唐崎定治、同唐崎槇江の各本人尋問の結果によれば、原告らは弁護士である本件原告ら訴訟代理人に右債権の取立を委任し、その際手数料及び成功報酬として原告幸江、同昌子、同槇江において、各金九万三、三三三円、原告定治、同スギにおいて各三万五、〇〇〇円を支払つたことが認められるが、本件訴訟の経過等に鑑み、被告らが原告幸江、同昌子、同槇江に賠償すべき弁護士費用は各金九万円、原告定治、同スギに賠償すべき弁護士費用は各金一万円をもつて相当と認める。

(八)  結論

以上の理由により、被告らは各自原告幸江、同昌子に対し各金一六六万九、六九五円及びこのうちからそれぞれ弁護士費用相当額を除いた各金一五七万九、六九五円に対する本件事故発生の日である昭和四三年二月一三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分、原告槇江に対し金一三六万九、六九五円及びこのうちから弁護士費用相当額を除いた一二七万九、六九五円に対する右と同様の遅延損害金の支払を求める部分、原告定治、同スギに対し各金一六万円及びこのうちから各弁護士費用相当額を除いた各金一五万円に対する右と同様の遅延損害金の支払を求める部分はこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 内園盛久)

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